トリプトファン発色反応を利用した動物繊維の着色

堂ノ脇 靖已*1

Coloring Behavior of Animal Fiber Using Tryptophan Color Reactions

Kiyoshi Donowaki


 近年,合成染料に代わって天然材料・染料を用いた染色が社会的なニーズとなっているが,一般に天然染料は堅牢度が低いために新しい技術開発が必要であった。そこで本研究では,天然物由来化合物を用いた堅牢な着色方法について検討を行った。具体的には,天然から得られる動物繊維は蛋白質であるという観点から,蛋白質を構成しているアミノ酸の一つであるトリプトファンの発色反応に着目した。この反応を利用して動物繊維の着色を試みたところ,1.5wt%プロトカテキュアルデヒドを含む30%トリフルオロ酢酸/酢酸溶液で処理すると絹は紫色,羊毛は絹よりも濃い紫色に着色し,トリプトファン発色反応を用いることで動物繊維を着色できることが明らかとなった。また,アルデヒド化合物と酸の種類,組み合わせ,濃度で色彩が変化すること,汗,摩擦,洗濯堅牢度試験の結果から色の移染(汚染)が生じないことが明らかとなった。

*1 化学繊維研究所 


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1 はじめに
 県内の繊維産業は近年の不景気,外国製品の進出などにより生産が落ち込んでいる。このため,独自の特色を生かした新製品開発が重要な課題となっている。染色産業においても新しい技術の導入,健康志向,自然回帰などの考えから天然染料,天然材料を用いた染色が注目されている1)。しかしながら天然染料は,一般に堅牢度が低いことが問題となっており,新しい技術開発が必要となっている。
 そこで,本研究では天然材料を用い,かつ堅牢度が高い染着方法の開発を行った。具体的には,天然から得られる動物繊維(絹,羊毛)が,構成成分としてもっているアミノ酸の一つであるトリプトファンに着目した。トリプトファンは図−1に示すようにアミノ酸側鎖にインドール基を有しており,20種類ある必須アミノ酸のなかでもπ電子が多く,電子密度が高い性質をもっている。このためアルデヒド化合物の共存下,強酸で処理することにより発色反応することが知られている(Hopkin-Cole反応またはAdamkiewitz反応,Neubauer-Rhode反応)。その他,トリフルオロ酢酸,硝酸などの強酸のみでも発色するという報告もあり,反応性が高い性質を持っている2-5)。そこで,これらのトリプトファン発色反応を利用して,動物繊維に含まれているトリプトファンを発色させ,繊維の着色を試みた。この着色概念は図−2に示すように従来の染色方法と異なっており,繊維自身がもっているトリプトファンが発色するため洗濯,摩擦,汗などの外的因子により移染(汚染)が生じない利点が考えられる。


図-1 動物繊維(絹)の分子構造


図-2 動物繊維の着色概念

2 研究,実験方法
  動物繊維の着色方法は,水,または酢酸で希釈した酸溶液60mlにアルデヒド化合物を加え,溶解した後,動物繊維(日本規格協会の添付白布(JIS L 0803準拠),25x25cm)を加えて40℃,1日間振とうした。その後,水,2wt%炭酸水素ナトリウム溶液,メチルアルコールを用いて洗浄し,空気中室温で乾燥させた。着色した繊維の色は,目視,および日本電子工業株式会社のSpectro Color Meter SE2000により測定し,L*a*b*表色系で評価した。また,発色の程度は,積分球付属装置ISR-2200を付属した島津紫外可視分光光度計UV-2400PCにより反射率を測定し,Kubelka-Munk式で定義される以下の式により評価した6)
K/S = (1-R)2 / (2R)
(K: 光の吸収係数,S: 光の散乱係数,
R: 分光計で測定した可視光の最大吸収波長における反射率)

3 結果と考察
3−1 動物繊維の着色

 ベンズアルデヒド誘導体の一つであるプロトカテキュアルデヒド(3,4-ジヒドロキシベンズアルデヒド)を1.5wt%含んでいる30%トリフルオロ酢酸/酢酸溶液を調整し,動物繊維の着色を行った。この結果,絹は紫色,羊毛は絹よりも濃い紫色に着色し,トリプトファン発色反応を用いることで動物繊維を着色できることが明らかとなった。表−1に代表的な酸とアルデヒド化合物を用いた着色結果を示す。本着色方法ではベンズアルデヒド,4-ヒドロキシベンズアルデヒド,4-ジメチルアミノベンズアルデヒドなどの芳香族系では着色できたが,脂肪族であるグリオキシル酸などでは着色できなかった。また,動物繊維と同じようにポリアミド結合(-NHCO-)を有するナイロン(日本規格協会の添付白布(JIS L 0803準拠),25x25cm)を用いて上記と同様な条件で着色を試みたが,着色できなかった。このことから,この着色方法はアミノ酸(トリプトファン)をもつ動物繊維(蛋白質)に有効であることが明らかとなった。
 さらに,ベンズアルデヒド誘導体と強酸の種類や組み合わせを変化させ,その色彩を調べた。まず,酸溶液を30%トリフルオロ酢酸/酢酸溶液に固定し,ベンズアルデヒド誘導体の種類を変化させた。この結果,プロトカテキュアルデヒドを用いた場合と異なってベンズアルデヒドでは絹が黄緑,羊毛は黄褐色,4-ジメチルアミノベンズアルデヒドでは絹が黄色,羊毛は濃緑となり,ベンズアルデヒド誘導体の種類を変化させることにより色彩を変化できた(表−1)。また,酸の種類を変化させたところ4-ジメチルアミノベンズアルデヒドを含む30%2N-塩酸/酢酸溶液処理では絹が青,羊毛が灰色となり,色彩が変化した。この他,種々のベンズアルデヒド誘導体と強酸の組み合わせで41組の溶液を作り,着色した結果を図−3に示す。全体的に草木染めの様な色が多く,黄色と赤色(+a*と+b*)側に分布し,様々な色に着色できた。この結果からベンズアルデヒド誘導体と強酸の種類,組み合わせで色が変化できることが明らかとなった。また,絹と羊毛では,同じ処理を行っても必ずしも同じ色彩にはならないこと,羊毛の方が濃く着色できる傾向にあることが示された。


図-3 L*a*b*発色系による着色布の色彩分析

3−2 着色条件の検討
 次に,本着色反応における色の濃淡化について検討するため,ベンズアルデヒド誘導体と強酸の濃度を変化させて着色を行った。ここでは,プロトカテキュアルデヒドとトリフルオロ酢酸/酢酸溶液の系について述べる。まず,強酸濃度を30%トリフルオロ酢酸/酢酸溶液に固定し,プロトカテキュアルデヒドの濃度を変化させたところ,アルデヒド化合物がない場合は着色しなかったが,濃度の増加に伴って最大吸収波長である520nm付近のK/S値が増加し,濃色化できることが明らかとなった(図−4)。ここでは,2wt%程度でK/S値は一定となり,絹よりも毛の方が2倍程度濃色できることが示された。さらに,プロトカテキュアルデヒドの濃度を2wt%に固定し,酸であるトリフルオロ酢酸/酢酸の比率を変化させたところ,酢酸のみでは着色できなかったが,トリフルオロ酢酸の増加に伴い520nm付近のK/S値が増加し,強酸濃度でも濃色化できることが明らかとなった(図−5)。ここでは,毛のK/Sが50%トリフルオロ酢酸/酢酸で約3.5となり,ほぼ一定になったのに対し,絹では50%以上では溶解してしまった。
 以上の結果から,本着色方法では強酸とアルデヒド化合物の両方が必要であり,アルデヒド化合物と強酸の濃度を調整することにより色の濃淡を調整できることが明らかとなった。また,濃色化に関してはアルデヒド化合物の濃度よりも強酸濃度に依存することが示された。

3−3 堅牢度試験
 着色した動物繊維は洗濯,汗,摩擦堅牢度試験を行った。これらの試験方法は,それぞれ日本規格協会JIS L0844,L0848,L0849の試験方法にしたがって行い,標準光(D65)下,グレースケール(L0805)にて評価した。表−1には代表的な着色布について洗濯,汗,摩擦堅牢度試験の移染(汚染)結果を示すが,全体的に4級以上の結果が得られ,本着色方法を用いることにより移染(汚染)が生じないことが明らかとなった。この結果から,図−2に示すように本着色方法により動物繊維に含まれるアミノ酸成分(トリプトファン)が発色したために汗,洗濯,摩擦などで有色物質が除去できなかったものと考えられる。
 耐光堅牢度試験は,紫外線カーボンアークを光源とした日本規格協会JIS L0842の試験方法にしたがって20時間照射し,変退色の程度は標準光(D65)下,ブルースケール(L0841)にて評価した。この結果,全体的に2級程度の結果が得られ,耐光堅牢度は低かった。しかしながら,4級程度の耐光堅牢度をもつ着色布を検討したところ,ベンズアルデヒド誘導体の構造が耐光堅牢度に影響することが明らかとなった。表−2に水酸基の数が異なるベンズアルデヒド誘導体を用いたときの耐光堅牢度結果を示す。全て30%トリフルオロ酢酸/酢酸中,同条件で着色したにもかかわらず,4-ヒドロキシベンズアルデヒドでは2級の耐光性であるが,3,4-ジヒドロキシベンズアルデヒドと3,4,5-トリヒドロキシベンズアルデヒドでは4級まで向上した。この結果から,3,4-ジヒドロキシベンズアルデヒドと3,4,5-トリヒドロキシベンズアルデヒドの構造が分子内水素結合を形成できると考えられるため,この相互作用が耐光堅牢度に何らか影響を与えたものと考えられる。


図-4 30%トリフルオロ酢酸/酢酸溶液中のプロトカテキュアルデヒド濃度変化によるK/Sプロット


図-5 2wt%プロトカテキュアルデヒドでのトリフルオロ酢酸(TFA)濃度変化によるK/Sプロット


a:着色は30%トリフルオロ酢酸/酢酸中,40℃,24時間反応することにより行った

4 まとめ
 以上の結果からトリプトファンの発色反応を利用することにより,動物繊維を着色できることが明らかとなった。また,ベンズアルデヒド誘導体と強酸の種類や組み合わせを変化させることにより色彩を変化できること,強酸とベンズアルデヒド誘導体の濃度を調整することにより色の濃淡化ができることを明らかとした。さらに,着色した動物繊維の洗濯,汗,摩擦堅牢度試験結果は全体的に4級以上の結果が得られ,着色された色が他の繊維へ移染(汚染)しないことが示された。耐光堅牢度は,全体的に低い結果となったが,分子内相互作用を形成できるようなベンズアルデヒド誘導体を用いることで耐光堅牢度を改善できることが示された。
 従来,繊維に色をもたせるためには特定の色を有する染料を何らかの相互作用で繊維に固着させる必要があった。しかしながら,本着色技術は繊維の構成成分の一つであるトリプトファンを発色させるため,染料が必要ない点が特徴である。一方,動物繊維の黄変化は非常に困難な問題であり,黄変化を防止するための研究開発が行われている7)。ここで,黄変化の原因はトリプトファンといわれており,トリプトファンは厄介者として扱われている。しかしながら,本稿で示したように積極的にトリプトファンを発色させ,繊維の着色に用いているという点から見ても特徴的である。
 今後は,色彩,耐光堅牢度に影響を与えるベンズアルデヒド誘導体の分子設計・合成を行うために,トリプトファン発色反応によるトリプトファンの分子構造,発色メカニズムを解明する。また,着色量のスケールアップなどを目的として研究を行う。さらに,近年動物繊維は衣類以外での用途がいくつか報告されているが8-11),これらにも応用可能であると考えられ,検討を行う予定である。

5 参考文献
1)例えば,上田充夫: 染色工業, Vol.45, No.8, p.368 (1997)
2)H. Sugimoto, E. Nakanishi, S. Hibi: Polymer, vol.39, No.23, p.5739 (1998)
3)H. Sugimoto, E. Nakanishi, K. Susaki, S. Hibi: Polym. J., vol.30, No.8, p.622 (1998)
4)H. Sugimoto, E. Nakanishi, K. Susaki, S. Hibi: Polymer Bulletin, Vol.40, p.683 (1998)
5)H. Sugimoto, E. Nakanishi, N. Kondo, S. Hibi: Kobunshi Ronbunshu, Vol.55, No.1, p.593, (1998)
6)K.Kubelka, F. Munk: Z. Tech. Phys., Vol.12, p.593 (1931)
7)例えば,Y. Kawamura: Am. Dyest. Reptr., Vol.83, No.8, p.28 (1994)
8)M. Tsukada: Sansi Gizyuti, Vol.140, p.39 (1990)
9)T. Manawa, A. Watanabe, T. Tsuchiya, R. Ikoma, M. Hideka and M. Sugihara: Chem. Pharm. Bull., Vol.43, p.284 (1995)
10)M. Tsukada, G. Freddil, N. Minoura and G. Allara: J. Appl. Poly. Sci., Vol.54, p.507 (1994)
11)J. Chen, N. Minoura and A. Tanioka: Polymer, Vol.35, p.2853 (1994)


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